社長室とは:行政改革の事例 [文面 例文 その他]
岸田コラムより:行政改革
http://kishida.biz/column/2004/20040521.html
橋本竜太郎が強力に進めた行政改革により、省庁の数が減っただけじゃなくて、縦割りと非難が多かった各省庁の縄張りを解く目的で、各省庁より一段上の組織ができたのだ。これが内閣府だ。まさに、大企業の各部のセクショナリズムを排除する目的でできた社長室のようなもの。
内閣府は、「内閣総理大臣を長とする内閣官房を補佐する機関で、内閣官房の直属機関」というややこしい位置付けだ。平たく言えば、総理大臣に力を与える組織。総理大臣として仕事をやるのに全面的にバックアップするのが官邸だから、結局内閣府は官邸がリードすることになる。官邸のリーダーは官房長官だ。福田官房長官が陰の外務大臣とか陰の総理とか言われた理由はここにある。
内閣府には本府のほか、宮内庁、防衛庁、警視庁、金融庁、公正取引員会が省庁再編で傘下に入った。その他に4つの会議が置かれ、そのうちのひとつに竹中さんが担当する「経済財政諮問会議」というのがある。ここは、今まで大蔵省の主計局が一から十まで握っていた国家予算の編成権を奪ったところ。宮沢さんが財務大臣のときに、ここで骨太の問題を集約して、細かいことは財務省に下ろせばいいとしたのだった。
小泉さんは、派閥のバックもないし、それまでの総理大臣が必ずやっていた主要閣僚の経験もなければ、自民党の三役もやっていない。だけど、政治資金の問題と内閣府の誕生で、派閥と主要閣僚、党三役の経験がなくとも自分は総理になれると確信したに違いない。そういう流れを的確に読んだのだ。
その流れの中で、小泉さんは総理大臣になった。もし小泉さんがならなくても、こういう流れと内閣の運営組織の変更で、今までとは違う現象が起きたはずだ。
大きく目に見える違う現象とは次の4つだ。予算が大蔵省主導から官邸主導になった。外交が外務省主導から官邸主導になった。防衛庁が官邸の下に入った。宮内庁が官邸の下に入った。の4点だ。
今までは大蔵省の官僚の中の官僚といわれる最も優秀な主計局の官僚が予算を編成していた。予算編成というのは各省庁から要求がある予算の適正配分だが、それだけじゃない。最近は国債の発行額をどのように決めたらいいかが重要でややこしい問題。これが、官僚主導から政府(官邸)主導に移った。移った瞬間、30兆円枠にこだわっていた小泉さんが、自分でやってみたらできなかったというわけで、あっさり30兆円枠を崩してしまった。
こうして日本は官邸主導の運営システムになった。「一省庁一閣僚」と小泉さんが固持するのも各省庁は実務をしっかりやってほしいという意図の現われだ。政治的な判断はみな官邸で行うということだ。小泉さんが首相公選制を主張するのもそのためだ。これが小泉さんのいう「自民党をぶっ壊す」という結論だと思う。





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